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性善説と性悪説

二元性

「性善説」に従う立場では、人間性を肯定的に評価し、教育や環境によって人々の善意を引き出すことが重要だとされます(*^^*)

「性悪説」に従う立場では、社会秩序や規律が人間の自己中心的な本性を抑制し、個人や社会の安定を確保するために必要だとされます(*^^*)

とまあ、一般的にはこのような解説がされているわけですが、立場が変われば見方が変わる。自分が正しいと思っていることは、相手にとっても正しいとが限らないです。

例えば、同じ行動をしても、受け取る相手にとっては「思いやり」であったり、「おせっかい」であったりします。僕の提唱する「心の二元論」からすると、「善悪」に対する議論は、不毛だなあと思っています。

僕は人間です。あなたもそうだと思います(笑)

ただ、人間という物を客観的に見るには、人間という自分の立場をひとまず横に置いておく必要があると思います。そうした上で、色々な視点から「善悪論」を見てみると、面白いと思うんですよね。

様々な視点

人間という視点

そもそも「性善説」「性悪説」という言葉や価値観自体、

「人間社会のために」「人間」が作った物ですね。

だから、生まれたばかりの赤ちゃんは「善」でも「悪」でもなく、まあ、あえて言うなら「無」の存在かな。そして「無」とは「無限の可能性を持つ」という事です。一周回って「無」=「無限」なんです。人として一番良い状態が「無」なんですよ。この辺りは、ちょっと話がそれてしまうので割愛しますが、僕の書いた記事を読んでもらうと分かると思います。

ですので、「性善説」「性悪説」の議論というのは、不毛だなあと思っています。

だって、「善」「悪」なんて、立場やあり方・見方やその角度によって、簡単にひっくり返りますからね(*^^*)

要するに人間は「善」でも「悪」でもあるんです。ただ、「悪」の部分をある程度抑制しないと、人間社会が崩壊するから「法律」によって抑え込んでるという事ですね。当然「善」という部分も伸ばしたいですね。

但し、行動や言葉自体は、本来そこに意味はありません。文字であったり音であったりするだけで、

それを解釈しているのは、受け取った人間自身です。

その人が人生において積み重ねてきた、価値観によって「善悪のラベル」を貼っているだけなんですね。

この辺りが、人間の視点から見た場合です。

動植物の視点

乳牛は食べず、肉牛は食べる。

牛の視点に立って、「善悪」を考えた場合どうでしょう。そもそも、この世界に「善悪論」を持ち込んだのは人間だけれと、

牛にとって迷惑な事は殺されることではないでしょうか。

肉牛にとって、人間は「悪」である可能性が高いです。そもそも、牛に善悪の認識があるかは実証できないですけどね。

但し、牛は草を食べます。ライオンで言えば、他の動物を捕獲して食べますよね。食物連鎖の大きな循環の「命の連鎖」の中に人間も存在しているんです。

人間は食べられないじゃない?

と思うかもしれませんが、火葬場で焼かれて、地球に食べられていますね(笑)骨は残すわけですが、これは循環のボトルネックになるかもしれません。まあ、最終的には土に帰るわけですけど、例えば、地震とか災害とかでね。

東京湾にクジラが迷い込んで、死にそうになっています。皆は心配します。頑張って!生きて!と。しかし、ある時その人はクジラの缶詰を開けて美味しそうに食べるんですよ。

非難しているんではありません。でも、都合が良すぎるとは思うんです。人間とは非常に身勝手だという事を受け入れればいいと思うんですよね。

僕もそんな身勝手な人間の一人です(*^^*)

地球の視点

例えば、

コロナウィルスは人間にとっては迷惑なウィルスですけど、

地球にとっては、単なる構成要素の1つであって、「善」も「悪」もないです。単純に人間にとって迷惑だというだけ。ただ、地球にもキャパシティという物があるわけです。あまりに多くの人間を養うことは出来ない。人口が増え過ぎた今の状態を、

地球にとって良い状態に改善するという意味でコロナウィルスは地球にとってありがたい存在。すなわち「善」かもしれません。

(※戦争は良い事ではないと思っていますが…)
「戦争」というものも、地球にとってはなんでもないんです。但し、人口が増えれば資源や土地の奪い合いになる可能性が高まります。逆に、人口が減少すれば、その確率も下がります。これは、物理的にやむを得ない事です。そういう風になっているんです。地球の自浄作用なのかもしれませんね。

余談ですが、戦争の原因は大きく分けて5つあるそうです。

①「民族」
②「宗教」
③「政治」

④「領土」
⑤「資源」

①②③の3つは要するに人間関係の問題です。この3つは人間の在り方を変えれば解消するんです。そのために僕が書いた記事が以下なります。

時間はかかると思います。でも、過去2500年のような事を繰り返していたら、今後の2500年も同じ事です。だからこそ、「心の二元性」という物に1人でも多く気付いて欲しいという願いがこもっています。良かったらお読みくださいね。

宇宙という視点

どうでしょう、この世界というものは、いったいどうしたいのか?一つの方向性としては、「拡大」ですね。ビッグバンと言われる宇宙の始まりから、世界は拡大し続けていると言われています。しかも「加速」しているそうです。

この世界(時間・空間・質量がベースの世界)は二元性によって形作られています。光と影、プラスとマイナス、上と下、右と左…etc.その二元性をベースに考えた場合、常に双方は同時に存在し、バランスが保たれています。強い光はより暗い影を落とします。

すでにもう、ここまでの話で、「善」「悪」なんて無いんだよという事を言っているわけですけど、というよりは、すべての物は「善」でも「悪」でもあるという事かな。

ただ、宇宙の在り方を見てみると、この世界の方向性って「より速く(時間)」「より遠く(空間)」「より大きく(質量)」をある意味で「善」としているのかもしれませんね(*^^*)

まとめ

人間は「善」でもあり「悪」でもあるという事です。両面が常に存在していて。時と立場によって、ころころ変化するものだという事です。「性善説」と「性悪説」そのどちらかであるという事を決めつけてしまえば、それはある意味で楽になるでしょう。しかし、「善悪」の2面性からは逃れられないという事を心にとめると本当の世界が開けてくると思います。ですので、特に人間関係において、余り振り回されず、凛としていればいいんです。そのブレない心で話し合う事が大切なんですね。その方法については、下記の記事で解説していますので宜しければお読みくださいね。

ここまでお読みいただきありがとうございました(*^^*)

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